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zoom RSS 黒い雨 観てきました

<<   作成日時 : 2011/06/17 19:00   >>

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 東日本大震災後の映画館に行くと最新作だけでなく昔の映画をけっこう続けて上映していたりもする。これは1989年作品で、先日4月21日亡くなられた田中好子さん(スーちゃん)主演作。今回は追悼上映でもありました。

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原爆による黒い雨を浴びたために人生を狂わせられてしまった女性と、それを暖かく見守る叔父夫婦とのふれあいを描く。井伏鱒二原作の同名小説の映画化で、脚本・監督は「女衒」の今村昌平、共同脚本は「ジャズ大名」の石堂淑朗、撮影は「危険な女たち」の川又昂がそれそれ担当。

昭和20年8月6日、広島に原爆が投下された。その時郊外の疎開先にいた高丸矢須子は叔父・閑間重松の元へ行くため瀬戸内海を渡っていたが、途中で黒い雨を浴びてしまった。20歳の夏の出来事だった。5年後矢須子は重松とシゲ子夫妻の家に引き取られ、重松の母・キンと4人で福山市小畠村で暮らしていた。地主の重松は先祖代々の土地を切り売りしつつ、同じ被爆者で幼なじみの庄吉、好太郎と原爆病に効くという鯉の養殖を始め、毎日釣りしながら過ごしていた。村では皆が戦争の傷跡を引きずっていた。戦争の後遺症でバスのエンジン音を聞くと発狂してしまう息子・悠一を抱えて女手一つで雑貨屋を営む岡崎屋。娘のキャバレー勤めを容認しつつ闇屋に精を出す池本屋。重松の悩みは自分の体より、25歳になる矢須子の縁組だった。美しい矢須子の元へ絶えず縁談が持ち込まれるが、必ず“ピカに合った娘”という噂から破談になっていた。重松は疑いを晴らそうと矢須子の日記を清書し、8月6日に黒い雨を浴びたものの直接ピカに合っていないことを証明しようとした。やがて庄吉、好太郎と相次いで死に、シゲ子が精神に異常をきたした。一方、矢須子はエンジンの音さえ聞かなければ大人しく石像を彫り続けている悠一が心の支えとなっていった。しかし、黒い雨は時と共に容赦なく矢須子の体を蝕み、やがて髪の毛が抜け始めたのだった。

 作品は全編モノクロで撮影されていることもあって本当に昔の映画を見せられているような感じで、原爆投下直後の広島とか、終戦後の登場人物達を取り巻く恐怖や悲劇が余計リアルで「戦争さえなければ」「原爆さえなければ」・・・思ってしまいます。



 「ピカ(原爆)に合った娘」という噂から次々縁談が破断になってしまう主人公・矢須子(実際は原爆投下直後に降り出した放射物質を含んだ黒い雨による被爆)なんか、震災による風評被害で差別されている被災者と重なる部分もあり、事実を知らないで噂ばかりが独り歩きしてしまう様子は今も昔も変わらないのを見せつけられたようでした。




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